2004年11月に発行した小説集『土星の環』のコンテンツを
全文お読み頂けます。

 


あとがき
 あるいは、『弁護士への電話』



 私は自分の生き方を公表することによって、思いがけぬ利益があることを感じている。
 つまりそれがいくらか私に規則としての役をするということだ。
 私はときどき、自分の生活の記録を裏切るまいという考えが起こる。
 まったくおかしな考え方ではないか。誰にも言いたくないいろんな事柄を、世間の人たちに向かって語るとは。                
   モンテーニュ 『エセー』


 考えてみると、僕自身について、書いておきたいことなんて、ほとんどないことに気づく。明日のことはまったくわからないし、昨日のことで書き残しておく価値のありそうなことも思いつかない。
 それにしては、個人でホームページを造り、今またここに本まで造る、というのは大いに矛盾しているのかも知れないが。
 ただ、ある時期、僕はフィクションを書いた。何故だかとても書きたかったのだ。
 そのうちのいくつかをまとめたのが、この本だ。
 今回まとめるにあたって、多かれ少なかれ、手を加えた。随分昔に書いたものなので、いまリライトすることに始めはためらいもあった。
 僕にとって、初めて書いたまともな小説とも言うべき「土星の環」は、いまの僕には既に書けない内容が書けないスタイルで書かれている。実際今回もほとんど触れてはいない。手を伸ばせば届きそうに思える。もちろん、手は空をかくだけだ。
 一方、「尾道ラビリンス」には大分手を入れた。また、この小説は、以前ある同人誌に発表する際、大林宣彦監督に原稿をお送りしたことがある。監督から葉書を頂き嬉しかった。
 「氷の架け橋」は、分かる方にはすぐに分かると思うけれど、今は沈黙してしまったある作家へのオマージュとも言うべき物語になった。
 いずれもここに記して、誠に勝手ながら、謝意を表したい。
 小説を書く、ということが自分にとって何を意味するのか、実はよく分からない。それでも、とにかく、書いた。確かに、ある意味では“まったくおかしな考え方”には違いない。
 でも、構うことはない、と今は考えている。たくさんの方に読んでいただき、読み終わったら誰かに貸すかあげるかしてくれると僕としてはとても嬉しい。本には一人歩きして欲しい。
 本という形にする作業においては、協同印刷のみなさんに、大変お世話になり、我が儘も聞いていただいた。感謝します。本ができあがるまでのあれこれについては、ホームページに掲載中、というおまけもある。
 著者自装。
 この一言を入れたくて、自分で装丁を考え、デザインした。
 それらを含め、本を造る、と言う作業は、たいへん楽しかった。

        ※

 最後に、二〇〇一年に英国に行ったときの話をちょっとしておきたい。
 ロンドンに一週間ほど滞在したのだけれど、例によって博物館や本屋やシアターをめぐって疲れ果てたある日(まぁ、つまり、日本と同じパターンなんだ)、ふと立ち寄った古ぼけたパブで隣り合ったのがポールだった。目尻にいっぱいシワが寄った六十がらみの良く笑う社交的な男----まだ、十分若々しい----それがポールの第一印象だ。数名の仲間とくつろいでビールを飲んでいた。
 理由らしきものは何もなかったと思うのだけれど、ポールは何故か、僕が席に落ち着くなりしきりと話しかけてきた。突然、肩に暖かい手が置かれたのを感じて振り返ると、彼がいたのだ。たぶん、既に充分酔っぱらっていたのだろう。
 話し始めてみると、日本や日本人に対して、言いたいことがたくさん溜まっているようだった。あるいは、僕が来る前から、仲間内で日本や日本人のことがたまたま話題になっていたのかも知れない。飛んで火にいる夏の虫、と言ったところだ(実際は春だったけれど)。
 僕は、とにかくびっくりしてはいたが、すっかり覚悟して聞く気になっていた。彼は、地球の裏側にいる東洋人に、何故こんなに親近感がわくのか不思議なんだ、と言ってくれたけれど、これは社交辞令だったのじゃないかと思う。そして、日本人のバイヤーに売った浮世絵についての(ちょっと品のないジョークを交えた)話が急に、何か気が変わったのか、こんな話につながっていったのだ。
 以下は、彼の話のままだ。断っておくけれど、彼は実に真摯に話してくれた。本気だったのだと思う。

 例えば、こんなことがあった。ぼくがある時、弁護士に電話をしたのだが、混線したあげく、突然弁護士の声が途絶えて、どこかで聴いたことのある声が耳に飛び込んできた。
「ヘイ、ポール。元気かい? 新曲なかなかイカスぜ」
「え、誰だって? ぼくの弁護士はどこへいったの?」
「わからんのか、ポール。この美声をそんなに簡単に忘れちまったっていうのか?」
「え! ……まさか! ジョン……?!」
「ことわっておくけれど、F・ケネディの方じゃないんだぜ。撃たれたってことと中身の高級さは一緒だけどな!」
「ほんとにジョンだなんて、まさか! きっと誰かのいたずらだ。また、ぼくを担ごうって魂胆なんだ! 決まってる!」
「やれやれ。どうすれば信用するんだ? セイウチの歌を書いたときに、十行目の歌詞は本当はぼくじゃなくて君が書いたんだ、とか、ハンブルグで奪い合った美人ちゃんのセカンドネームはクリスチーネだった、とか、その手のくだらんことを五百くらい並べれば信用するってのか?!」
「Oh! ジョン! 信じられないよ。分かってても信じられないんだ、また話せるなんて、何年ぶりなんだ。本当にジョンなんだね?」
「Yes! 天国のジョン・レノンだよ! 天国はいいところだ。きみに想像できるかな?」
「イマジンをつくったのはきみの方だ。教えてくれよ、参考のためにね」
「ここにはなにもかもがある。そしてなにひとつない。なにもかもが見えるが、なにひとつ見えない。わかるか?」
「いや、全然」
「だろうな」
「おいジョン」
「なんだ?」
「ヨーコとショーンは元気だよ」
「うん、知ってる」
「リンゴもね。ただ、ジョージが……」
「Let it be、ポール。Let it be」
「リンダもぼくを残して死んじゃってさ……。でも、ぼくはまだ現役を続けてる」
「リンダ? うん。最近じゃよく、アフタヌーン・ティーに呼ばれるよ」
「なんだって!? きみがリンダと会っているんだって?」
「おっと、こりゃ刺激が強すぎるか。いまはまだ知らなくていいんだ」
「ジョン?!」
「怒るなって! 生きている奴は、まず今をきちんと楽しむんだ!」
「きみが言っているのは、つまり……」
「リンダはぼくと、きみの話をしたいんだよ」
「ジョン……」
「ヘイ、ポール。“そんなにくよくよするなよ”と歌ったのはきみだろ?」
「ジョン(笑)……。おれはきみのこと、ほんとに尊敬してたんだぜ。知ってたか?」
「知ってたとも。おれもそうだったからな」
「ほんとうかい? ジョン?」
「もちろん。天国では、おれみたいなウソツキでさえ嘘はつきたくなくなるんだ」
「ありがとう、ジョン」

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『土星の環』を最後までお読み頂き、真に
ありがとうございました。
                       

2007-07-01
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