②弁護士からの電話

28/02/2021

 最後に、二〇〇一年に英国に行ったときの話をちょっとしておきたい。

 ロンドンに一週間ほど滞在したのだけれど、例によって博物館や本屋やシアターをめぐって疲れ果てたある日(まぁ、つまり、日本と同じパターンなんだ)、ふと立ち寄った古ぼけたパブで隣り合ったのがポールだった。目尻にいっぱいシワが寄った六十がらみの良く笑う社交的な男ーーまだ、十分若々しいーーそれがポールの第一印象だ。数名の仲間とくつろいでビールを飲んでいた。

 理由らしきものは何もなかったと思うのだけれど、ポールは何故か、僕が席に落ち着くなりしきりと話しかけてきた。突然、肩に暖かい手が置かれたのを感じて振り返ると、彼がいたのだ。たぶん、既に充分酔っぱらっていたのだろう。

 話し始めてみると、日本や日本人に対して、言いたいことがたくさん溜まっているようだった。あるいは、僕が来る前から、仲間内で日本や日本人のことがたまたま話題になっていたのかも知れない。そうだったのなら、飛んで火にいる夏の虫、と言ったところだ(実際は春だったけれど)。

 僕は、とにかくびっくりしてはいたが、何故か覚悟して聞く気になっていた。彼は、地球の裏側にいる東洋人に、何故こんなに親近感がわくのか不思議なんだ、と言ってくれたけれど、これはほとんど社交辞令だったのじゃないかと思う。そして、日本人のバイヤーに売った浮世絵についての(ちょっと品のないジョークを交えた)話が急に、何か気が変わったのか、こんな話につながっていったのだ。

 以下は、彼の話のままだ。断っておくけれど、彼は実に真摯に話してくれた。本気だったのだと思う。

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 例えば、こんなことがあった。ぼくがある時、弁護士に電話をしたのだが、混線したあげく、突然弁護士の声が途絶えて、どこかで聴いたことのある声が耳に飛び込んできた。

「ヘイ、ポール。元気かい? 新曲なかなかイカスぜ」

「え、誰だって? ぼくの弁護士はどこへいったの?」

「わからんのか、ポール。この美声をそんなに簡単に忘れちまったっていうのか?」

「え! ……まさか! ジョン……?!」

「ことわっておくけれど、F・ケネディの方じゃないんだぜ。撃たれたってことと中身の高級さは一緒だけどな!」

「ほんとにジョンだなんて、まさか! きっと誰かのいたずらだ。また、ぼくを担ごうって魂胆なんだ! 決まってる!」

「やれやれ。どうすれば信用するんだ? セイウチの歌を書いたときに、十行目の歌詞は本当はぼくじゃなくて君が書いたんだ、とか、ハンブルグで奪い合った美人ちゃんのセカンドネームはクリスチーネだった、とか、その手のくだらんことを五百くらい並べれば信用するってのか?!」

「Oh! ジョン! 信じられないよ。分かってても信じられないんだ、また話せるなんて、何年ぶりなんだ。本当にジョンなんだね?」

「Yes! 天国のジョン・レノンだよ! 天国はいいところだ。きみに想像できるかな?」

「イマジンをつくったのはきみの方だ。教えてくれよ、参考のためにね」

「ここにはなにもかもがある。そしてなにひとつない。なにもかもが見えるが、なにひとつ見えない。わかるか?」

「いや、全然」

「だろうな」

「おいジョン」

「なんだ?」

「ヨーコとショーンは元気だよ」

「うん、知ってる」

「リンゴもね。ただ、ジョージが……」

「Let it be、ポール。Let it be」

「リンダもぼくを残して死んじゃってさ……。でも、ぼくはまだ現役を続けてる」

「リンダ? うん。最近じゃよく、アフタヌーン・ティーに呼ばれるよ」

「なんだって!? きみがリンダと会っているんだって?」

「おっと、こりゃ刺激が強すぎるか。いまはまだ知らなくていいんだ」

「ジョン?!」

「怒るなって! 生きている奴は、まず今をきちんと楽しむんだ!」

「きみが言っているのは、つまり……」

「リンダはぼくと、きみの話をしたいんだよ」

「ジョン……」

「ヘイ、ポール。“そんなにくよくよするなよ”と歌ったのはきみだろ?」

「ジョン(笑)……。おれはきみのこと、ほんとに尊敬してたんだぜ。知ってたか?」

「知ってたとも。おれもそうだったからな」

「ほんとうかい? ジョン?」

「もちろん。天国では、おれみたいなウソツキでさえ嘘はつきたくなくなるんだ」

「ありがとう、ジョン」